profile

渡部 さとる

(ワタナベ サトル)

経歴

  • 1961年

    山形県米沢市生まれ。

  • 日本大学芸術学部写真学科卒業後、日刊スポ?ツ新聞社に入社。
    スポーツ、報道写真を経験。同社退職後、スタジオモノクロ?ムを設立。
    フリーランスとして、ポートレートを中心に活動。

  • 2003年

    写真のワークショップを始める。

  • 2007年

    ケ・ブランリー美術館(パリ)主催国際フォトビエンナーレ参加。
    写真集「traverse」の中の作品5イメージが同美術館に収蔵。

展覧会、出版物のご紹介

【写真集】
「午後の最後の日射-アジアの島へ」(MOLE/2000年)
「traverse」(冬青社/2007年)

【書籍】
「旅するカメラ」(枻出版/2003年)
「旅するカメラ2」(枻出版/2004年)
「旅するカメラ3」(枻出版/2007年)
「1日の始まりに開く本」(共著・江原啓之 飛鳥新社/2006年)

【主な個展】
「MUGA?SHOT MY SELF」(コダックフォトサロン銀座/1993年)
「ARTISTS-MUSEが舞い降りる場所」(銀座ニコンサロン/1996年)
「午後の最後の日射?東京」(ウィリアムモリス/2001年)
「Peaceful Days」(アユミギャラリー/2002年)
「PORTRAIT-PORTRAITS」(コダックフォトサロン銀座/2004年)
「da.gasita—43年目の米沢」(ギャラリー冬青/2006年2月)
「da.gasitaの夏」(ちめんかのや/2006年9月)
「traverse」(ギャラリー冬青/2007年)

WEBサイト www.satorw.com

メッセージ

ミャンマーは旧ビルマであり、日本と馴染みが深い国だ。しかしミャンマーで思い浮かべるのは「アウンサンスーチー、軍事政権、それとビルマの竪琴」それ以外を知るものはほとんどいない。しかも「ビルマの竪琴」はフィクションなのだ。彼の地で僧侶が楽器を持つことはない。
ミャンマー(ビルマ)は1886年から英国に植民地支配される。その後第2次世界大戦時には日本軍が進出。映画「戦場にかける橋」は当時作られた泰緬鉄道が舞台になっている。
1949年にビルマ連邦共和国となるものの、1989年軍事政権となり、国名がビルマからミャンマーに変わる。
軍事政権に反対し、民主化運動を進めるアウンサンスーチー女史は、ヤンゴンの自宅に未だに軟禁されている。それに対し各国は経済制裁を発動。友好関係があるのは中国と北朝鮮ぐらいなものだ。2007年、僧侶を中心にヤンゴンでおきた軍事政権抗議デモで、多くの死者を出したのは記憶に新しい。
ミャンマーはビルマ族を筆頭にカレン族、シャン族、モン族、カチン族など120以上の民族が集まる小数民族集合体国家。人口は4200万人、国土は日本の約2倍の面積。タイ、ラオス、中国、インド、バングラデシュに隣接している。 
世界最貧民国のひとつとされているが、実際行ってみるとマーケットに食料は溢れ、礼儀正しく仏教の教えを守る彼らに貧しさは感じない。しかし軍事政権ゆえ教育、医療は著しく遅れている。
この写真が近くて遠い国「ミャンマー」を知る手助けになれば嬉しい。

ミャンマーについてのコラムと写真は2007年に出版した「旅するカメラ3」(エイ文庫)にも載っています。
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%85%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9-%E3%80%93%E6%96%87%E5%BA%AB-151-%E6%B8%A1%E9%83%A8-%E3%81%95%E3%81%A8%E3%82%8B/dp/4777908127/ref=pd_sbs_b_img_2/249-5767114-3421124

撮影機材:キヤノンEOS5D   EF50ミリF1.4  EF135ミリF2  TS24ミリF3.5

作品


フレームマンProPhoto Gallery『アンビション』は営利活動を目的とせず、あくまでもご賛同いただいた作家様のご好意によって運営しております。作品に関してのお問い合わせには、弊社より作家様へお取り次ぎをさせていただきますが、その為のお手数料やマージンは一切いただきません。どうぞお気軽にお問い合わせください。